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Japanese Edition

Religion

発心集

Japanese BooksWhale Edition by 鴨長明

鎌倉時代の仏教説話集。出家、無常、信仰、奇譚を通して中世の心性を伝える。

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発心集

『発心集』は、鴨長明にゆかりのある仏教説話集として知られ、出家、往生、無常、信心、奇異な因縁を語る。中世日本の宗教観、説話文学、人生観を読むうえで重要な古典である。

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『発心集』は鎌倉時代の説話集であり、鴨長明も中世の人物であるため、日本語原文は公有領域の古典として扱える根拠がある。

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発心集

鴨長明

発心集 鴨長明

序 仏の教へ給へることあり。「心の師とはなるとも、心を師とすることなかれ」と。

まことなるかな、この言(こと)。一期過ぐる間に、思ひと思ふわざ、悪業にあらずといふことなし。もし、形をやつし、衣を染て、世の塵にけがされざる人すら、そともの鹿(かせぎ)緤(つな)ぎがたく、家の犬、常に馴れたり。

何にいはんや、因果の理(ことはり)を知らず、名利の謬(あやま)りに沈めるをや。むなしく五欲のきづなに引かれて、つひに奈落の底に入りなんとす。心有らん人、誰かこのことを恐れざらんや。

かかれば、事にふれて、わが心のはかなく愚かなることを顧みて、かの仏の教へのままに、心を許さずして、このたび生死を離れて、とく浄土に生まれん事喩へば、牧士の荒れたる駒をしたがへて、遠き境に至るがごとし。

ただ、この心に強弱(がうにやく)あり、浅深(せんしん)あり。かつ、自心(じしん)をはかるに、善を背くにもあらず、悪を離るるにもあらず。風の前の草のなびきやすきがごとし。また、波の上の月の、静まりがたきに似たり。いかにしてか、かく愚かなる心を教へんとする。

仏は、衆生の心のさまざまなるをかがみ給ひて、因縁・譬喩をもつてこしらへ教へ給ふ。われら、仏に会ひ奉らましかば、何なる法についてか、勧め給はまし。他心智も得ざれば、ただ、わが分にのみ理を知り、愚かなるを教ふる方便は欠けたり。所説、妙(たへ)なれども、得る所は益少なきかな。

これにより、短き心を顧みて、ことさらに深き法(みのり)を求めず。はかなく見ること、聞くことを註(しる)し集めつつ、しのびに座の右に置けることあり。すなはち、賢きを見ては、及び難くとも、乞ひ願ふ縁とし、愚かなるを見ては、みづから改むる媒(なかだち)とせむ となり。

今、これをいふに、天竺・震旦の伝へ聞くは、遠ければ書かず。仏菩薩の因縁は、分にたへざればこれを残せり。ただ、わが国の人の、耳近きを先として、承はる言の葉をのみ注(しる)す。

されば、さだめて謬(あやまり)は多く、まことは少なからん。もしまた、再び問ふに便りなきをば、所の名・人の名を記さず。いはば、雲を取り、風をむすべるがごとし。誰人か、これを用ゐん。ものしかあれど、人信ぜよとにもあらねば、必ずしも、たしかなる跡を尋ねず。道のほとりのあだごとの中に、わが一念の発心を楽むばかりにやと言へり。

第一 目録 一 玄敏僧都、遁世逐電の事

一 同人、伊賀国の郡司に仕はれ給ふ事

一 平等供奉、山を離れて異州に趣く事

一 千観内供、遁世籠居の事

一 多武峰僧賀上人、遁世往生の事

一 高野の南筑紫上人、出家登山の事

一 小田原教壊上人、水瓶を打ち破る事 付、陽範阿闍梨、梅の木を切る事

一 佐国、花を愛し蝶と成る事 付、六波羅寺幸仙、橘の木を愛する事

一 神楽岡清水谷仏種房の事

一 天王寺聖、隠徳の事 付、乞食聖の事

一 高野の辺の上人、偽りて妻女を儲くる事

一 美作守顕能の家に入り来たる僧の事

第一第1話(1) 玄敏僧都、遁世逐電の事 昔、玄敏僧都 といふ人ありけり。山階寺のやむごとなき智者なりけれど、世を厭ふ心深くして、さらに寺の交りを好ままず。三輪川のほとりに、わづかなる草の庵を結びてなむ、思ひつつ住みけり。

桓武の御門の御時、このこと、聞こしめして、あながちに召し出だしければ、遁(のが)るべき方なくて、なまじひに参りにけり。

されども、なほ本意ならず思ひけるにや、奈良の御門の御世に、大僧都になし給ひけるを、「辞し申す」とて詠める。

三輪川の清き流れにすすぎてし衣の袖をまたはけがさじ

とてなむ、奉りける。

かかるほどに、弟子にも使はる人にも知られずして、いづちともなく失せにけり。さるべき所に尋ね求むれど、さらになし。いふかひなくて、日ごろ経にけれど、かのあたりの人はいはず、すべて、世の歎きにてぞありける。

そののち、年ごろ経て、弟子なりける人、ことの便りありて、越(こし)の方へ行きける道に、ある所に、大きなる川あり。渡し舟、待ち得て乗りたるほどに、この渡し守を見れば、頭はおつつかみといふほど生ひたる法師の、汚なげなる麻の衣着たるにてなむありけり。

「あやしの様や」と見るほどに、さすがに見なれたるやうに思ゆるを、「誰かはこれに似たる」と思ひめぐらすほどに、失せて年ごろになりぬるわが師の僧都に見なしつ。「僻目(ひがめ)か」と見れど、つゆ違ふべくもあらず。いと悲しうて、涙のこぼるるを押さへつつ、さりげなくもてなしける。

かれも見知れる気色ながら、ことさら目見あはず。走り寄りて、「いかでか、かくては」とも言ひまほしけれど、いたく人しげければ、「なかなかあやしかりぬべし。上りざまに、夜など、居給へらむ所に尋ね行きて、のどかに聞こへむ」とて、過ぎにけり。

かくて、帰るさに、その渡りに至りて見れば、あらぬ渡し守なり。まづ、目暗れ、胸ふたがりて、細かに尋ぬれば、「さる法師侍り。年ごろ、この渡し守にて侍りしを、さやうの下臈ともなく、常に心を澄まして、念仏をのみ申して、かずかずに船賃取ることもなくして、ただ今うち食ふ物などの外の物をむさぶる心もなく侍りしかば、このの郷の人も、いみじういとほしうし侍りしほどに、いかなることかありけむ、過ぎぬるころ、掻き消つやうに失せて、行方も知らず」と語るに、悔しくわりなく思えて、その月日を数ふれば、わが見あひたる時にぞありける。「身の有様を知られぬ」とて、また去りにけるなるべし。

このことは、物語にも書きて侍るとなむ。人のほのぼの語りしばかりを書きけるなり。

また、古今の歌に、

山田もる僧都の身こそあはれなれ秋はてぬれば問ふ人もなし

これも、かの玄敏の歌と申し侍り。雲・風のごとく、さすらへ行きければ、田など守る時もありけるにこそ。

近ごろ、三井寺の道顕僧都と聞こゆる人侍りき。かの物語を見て、涙を流しつつ、「渡し守こそ、げに罪なくて、世を渡る道なりける」とて、湖 の方に舟を一まうけられたりけるとかや。

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さして、「そこに跡とめたり」と見ゆる所なし。垣根(かきのね)・木の下・築地(ついぢ)にしたがひて、夜を明かす。

そのころ、大塚といふ所に、やんごとなき智者ありけり。ある時、「雨の降りて、まかり寄るべき所もなければ、この縁の片端(かたはし)に候はん」と言ひければ、例ならず、あやしう思えながら置きつ。

夜更けて、聖が言ふやう、「かく、たまたま参り寄りて侍り。年ごろ、おぼつかなく思ひ給へることども、はるけ侍らばや」と言ふ。ことのほかに思ゆれど、世の常の人のやうに、あひしらうほどに、やうやう、天台宗の法門どもの、えもいはぬ理(ことはり)ども尋ねつ。また、主(あるじ)、あさましく、めづらかに思えて、夜もすがら寝ず。さまざまに問ひ答へて、明けぬれば、「今はいとま申し侍らむ」とて、「心にいぶかしく思ひ給へることどもを、賢く今宵候ひて、はるけ侍りぬ」とて、去ぬ。

また、このこと、ありがたく貴く思えけるままに、そのあたりの人どもに語りたりければ、そしり、いやしめし心を改めて、かたへは権者の疑ひをなして、尊みけり。されど、その有様は、さきざきにつゆ変らかはらず、「さることや、ありける」と人の問ふ時には、うち笑ひて、そそろごとにぞ言ひなしける。

かやうに、人に知られぬることを、うるさくや思ひけん、はてには行方(ゆきかた)も知らせずなりにけり。年経て、人、語りけるは、和泉国に乞食し歩(あり)きけるが、終りには、人も来寄らぬ所の、大きなる木のもとに、下枝(したえだ)に仏掛け奉りて、西に向ひて、合掌して、居ながら眼を閉ぢてなむありける。その時は、知れる人もなくて、後に見付けたりけるなり。

また、近ごろ、世に「仏みやう」といふ乞食ありけり。それも、かの聖のごとく、物狂ひのやうにて、食物(しょくもつ)は魚・鳥をも嫌はず。着物は筵(むしろ)・薦(こも)をさへ重ね着つつ、人の姿にもあらず、会ふ人ごとに必ず、「あま人・法師・をとこ人・女人等清浄」と言ひ拝むわざをしければ、それを名に付けてなむ、見と見る人、皆、「つたなく、ゆゆしき者」とのみ思ひけれど、げには、やうありける者にや、阿証房 といふ聖を得意にして、思ひがけぬ経論なんどを借りて、人にも知らせず、懐(ふところ)に引き入れて、持ちて行きて、日ごろ経てなむ返すことを、常になんしける。つひに切提(せつたい)の上に、西に向ひて、合掌端座して終りにけり。

これらは、すぐれたる後世者の一(いち)の有様なり。「大隠、朝市にあり」と言へる、すなはちこれなり。かくいふ心は、賢き人の世を背く習ひ、わが身は市の中にあれども、その徳をよく隠して、人にもらせぬなり。

山林に交はり、跡を暗うするは、人の中にあつて、徳をえ隠さぬ人の振舞ひなるべし。

第一第11話(11) 高野の辺の上人、偽りて妻女を儲くる事 高野のほとり に、年ごろ行ふ聖ありけり。もとは、伊勢国の人なりけり。おのづから、かしこに居付けたりけるなり。行徳あるのみならず、人の帰依にて、いと貧しくもあらざりければ、弟子なんどもあまたありける。

年やうやうたけてのち、ことに相頼みたる弟子を呼びて、言ひけるやう、「『聞こえばや』と思ふことの、日ごとはんべるを、その心の内はばかりて、ためらひ侍りつるぞ。あなかしこ、あなかしこ、たがへ給ふな」と言ふ。「何事なりとも、のたまはんこと、いかでたがへ侍らむ。また、へだて給ふべからず。すみやかに承らむ」と言へば、「かく人を頼みたるさまにて過ぐす身は、さやうの振舞ひ思ひ寄るべきことならねども、年高くなり行くままに、傍らもさびしく、ことにふれてたつきなく思ゆれば、『さもあらむ人を語らひて、夜のとぎにせばや』となむ思ひたるなり。それにとりて、いたう年若からん人は悪しかりなん。ものの思ひやりあらん人を、忍びやかに尋ねて、わがとぎにせさせ給へ。さて、世の中のことをば、それにゆづり申さむ。ただ、わがありつるやうに、この坊の主(ぬし)にて、人の祈りなんどをも沙汰して、われをば奥の屋に据ゑて、二人(ににん)が食ひ物ばかりを、形のやうにして、送り給へ。さやうになりなむのちは、そこの心の内もはづかしかるべければ、対面(たいめん)なんどもえすまじ。いはんや、そのほかの人には、すべて、世にあるものとも知るべからず。死に失せたる物の様にて、わづかに命つぐべくばかり沙汰し給へ。これをたがへ給はざらむばかりぞ、年ごろの本意(ほんい)なるべし」と、かきくどきつつ言ふ。

あさましく、思はずに思えながら、「かやうに心置かず語らはする、本意に侍り。急ぎ尋ね侍らむ」と言ひて、近く遠く聞き歩(ある)きけるほどに、男におくれたりける人の、年四十ばかりなるありけるを聞き出でて、ねんごろに語らひて、便りよきやうに沙汰し据ゑつ。人も通さず、われも行くこともなくて、過ぎけり。

おぼつかなくも、また、物言ひあわせまほしくもあれど、さしも契りしことなれば、いぶせながら過ぐるほどに、六年経てのち、この女人、うち泣きて、「この暁、終り給ひぬ」とて、来たる。

驚きて、行きて見れば、持仏堂の内に、仏の御手に五色の糸掛けて、それを手にひかへて、脇息 (けふそく)にうち寄りかかりて、念仏しける手も、ちとも変らず、数珠(ずず)のひきかけられたるも、ただ生きたる人の眠(ねぶ)りたるやうにて、つゆも例にたがはず。壇には、行ひの具、うるはしく置き、鈴(れい)の中に紙を押し入れたりける。

いと悲しくて、ことの有様を細かに問へば、女の言ふやう、「年ごろ、かくて侍りつれども、例の妻夫(めをとこ)の様なることなし。夜は畳を並べて、われも人も、目覚めたる時は、生死の厭はしきやう、浄土願ふべきやうなんどをのみ、こまごまと教へつつ、よしなきことをば言はず、昼は阿弥陀の行法、三度こと欠くことなくて、ひまひまには念仏をみづからも申す。また、われにも勧め給ひて、始めつ方、二月三月(ふたつきみつき)までは心を置きて、『かく世の常ならぬありさまをば、わびしくは思ふ。さらば、心にまかすべし。もし、うときことになるとも、かやうに縁を結ぶも、さるべきことなり。このありさまを、ゆめゆめ人に語るな。もしまた、互ひに善知識とも思ひて、後世までの勤めをもしづかにせむとならば、乞ひ願ふところなり」と、のたまひしかば、『さらさら御心置き給ふべかず。年ごろあひ具したりし人をはかなく見なして、いかでか、その後世をもとぶらはざらん。われもまた、かかる憂き世にめぐり来(こ)じと願ひ、厭ふ心は侍りしかど、さても、一日たちめぐるべき様もなき身にて、本意ならぬ方にて見奉れば、なべての女のやうに思すにや。ゆめゆめ、しかにはあらず。『いみじき善知識』と、人知れず喜びてこそ、過ぎ侍へりし」と申ししかば、『返す返す嬉しきこと』とて、今隠れ給へることも、かねて知つて、終らむ時、『人にな告げそ』とありしかば、『かく』とも申さず」とぞ言ひける。

第一第12話(12) 美作守顕能の家に入り来たる僧の事 美作守顕能 のもとに、なまめきたる僧の、入り来たつて、経をよに尊く読むあり。主(あるじ)聞いて、「なにわざし給ふ人ぞ」と言ふ。近く寄つて言ふやう、「乞食(こつじき)に侍り。ただし、家ごとに物乞ひ歩(あり)く わざをばつかふまつらず。西山なる寺に住み侍るが、いささか望み申すべきことありてなむ」と言ふ。

物ざま、むげに思ひ下すべきにはあらざりければ、細やかに尋ね問ふ。「申すにつけて、いと異様(ことやう)には侍れど、ある所のなま女房を、あひ語らひて、物すすがせなんどし侍りしほどに、はからざるほかに、ただならずなりて、この月にまかり当りて侍るを、『ひとへにわが誤ちなれば、ことさらこもりゐて侍らむほど、かれが命つぐばかりの物、与へ侍らばや』と思ひ給へるが、いかにもいかにも力及び侍べらねば、『もし、御哀れみや侍る』とてなむ」と言ふ。

ことの起りは、「げに」と思えずなれど、「さこそ、思らめ」と、いとほしく思えて、「いと安きことにこそ」とて、おしはからひて、人一人(ひといちにん)に持たせて、そへて取らせんとす。

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その上には、とかく言ふべきならねば、歎きながら年月を送るほどに、中一年(なかいちねん)を経て、長寛二年の秋、暹俊、夢に見るやう、亡者相真、来たりていはく、「われ、この袈裟をかけたりし功徳によりて、兜率内院に生れたり。ただし、袈裟をば、わが申したりしままに、具して埋(うづ)みたりしかど、不具になることを深く歎き給へば、返し奉る。早く、本の箱を開けて見給ふべし」と言ふ。

夢覚めて、この三衣の箱を開けて見れば、もとのごと くたたみて、箱の中にあり。まことに不思議のことなれば、涙を流しつつ、これを恭敬す。

そののち、かの暹俊終る時、また、この袈裟をかけて往生す。その弟子に、弁永といふ僧、これを伝へて、また、往生すること、先のごとし。かの弁永が往生せしことは、十年の内のことなれば、皆人聞き伝へけることなり。

昔物語なんどには、いみじきこと多かれど、その名残り、年にそへて滅び失す。まれまれ残りたるも、世下り、人衰へて、不思議をあらはすこと、ありがたし。これは、濁れる世の末に、たぐひ少きほどのことなり。されば、結縁のため、わざと詣でつつ、拝む人多く侍るべし。

第二第8話(20) 真浄房、暫く天狗になる事 近ごろ、鳥羽の僧正 とて、やむごとなき人おはしけり。その弟子にて、年ごろ同宿したりける僧あり。名をば真浄房とぞいひける。

往生を願ふ心深くして、師の僧正に聞こへけるやう、「月日にそへて、後世の恐しく侍れば、『修学の道を捨てて、ひとへに念仏をいとなまむ』と思ひ侍るに、折りよく、法勝寺の三昧あきて侍り。かしこに申しなし給へ。身を非人になして、かの三昧のことに命を続いで、後世を取り侍らん」と聞こえければ、「かく思ひ取り入る、あはれなり」とて、すなはち申しなされにけり。

そののち、本意(ほんい)のごとく、のどかに三昧僧坊に居て、ひまなく念仏して日月を送る。

隣の坊に、叡泉坊といふ僧、同じく後世を思へるにとりて、その勤め異(こと)なり。かれは地蔵を本尊として、さまざまに行ひぬ。もろもろのかつたゐをあはれみて、朝夕(てうせき)物を取らす。真浄房が方には、阿弥陀を頼み奉りて、ひまなく名号を称へ、極楽を願ふ。これまた、乞食をあはれみければ、さまざまの乞食ども、きほひ集まる。二人の道心者は、ま近く垣を一つ隔てたれども、おのおの習ひにければ、かつたいもこなたへ影ささず、乞食も隣へ望むことなし。

かかるほどに、かの僧正 、病を受けて、限りになり給へる由を聞きて、真浄房、訪(とぶら)ひに詣でたりけり。ことのほかに弱くなりて、臥し給へる所に呼び入れて、「年ごろ、むつまじう思ひ習はせるを、この二・三年、うとうとしくなれるだに、恋しく思えつるに、今長く別れなむとす。今日や限りならむ」と、言ひもやらず泣かれければ、真浄房、いとあはれに思えて、涙を押へて、「さな思し召しそ。今日こそ別れ奉るとも、後世には必ず会ひてつかうまつるべきなり」と聞こゆ。「かく同心に思ひけるこそ、いとど嬉しけれ」とて、臥し給ひぬれば、泣く泣く帰りぬ。そののち、ほどなく、僧正隠れ給ひにけり。

かくて、年ごろ経るほどに、隣の叡泉房、心地悩ましくて、二十四日の暁に、地蔵の御名を唱へて、いとめでたく終りぬれば、見聞(けんもん)の人、貴みあへり。

この真浄房、劣らぬ後世者なりければ、「必ず往生人なり」と定むるほどに、二年(ふたとせ)ばかりあつて、いと心得ず物狂はしき病をして、隠れにけり。

あたりの人、あやしく、本意なきことに思ひつつ、年月を送るほどに、老ひたる母の、おくれゐて歎きけるが、また物めかしきことどもありけるを、親しき人ども集りて、もて騒ぐほどに、この母が言ふやう、「われはことなる物の怪にあらず。失せにし真浄房が詣で来たるなり。わがありさまを、誰も心得がたく思はれたれば、かつは、そのことをも聞こえんとなり。われ、ひとへに名利を捨てて、後世の勤めよりほかにいとなみなかりしかば、生死にとどまるべき身にてはなきを、わが師の僧正の別を惜しみ給ひし時、『後世には必ず参り合うて、随(したが)ひ奉らむ』と聞こえたりしことを、今、券契のごとくして、『さこそ言ひしが』とて、いかにもいとまを給はせぬによりて、思はぬ道に引き入られ侍るなり。ひとへに仏のごとく頼み奉りしままに、由(ゆゑ)なきことを申して、かく思ひのほかなることこそ侍りつれ。ただ、天狗と申すことは、あることなり。来年、六年に満ちなんとす。『かの月めに、かまへてこの道を出でて、極楽へ参らばや』と思ひ給へるに、必ず障りなく、苦患まぬかるべきやうにとぶらひ給へ。さても、世に侍りし時、『本意のごとく、おくれ奉るならば、母の御ため、善知識となりて、後世をとぶらひ奉らむ。もしまた、思ひのほかに先立ち参らせば、引摂(いんぜふ)し奉らん』とこそ、願ひ侍りしか。思はざるに、今、かかる身となりて、近付き詣で来るにつけても、悩まし奉るべし」とは言ひもやらず、さめざめと泣く。聞く人、さながら涙を流して、あはれみあへり。

とばかりのどかに物語りしつつ、あくびたびたびして、例ざまになりにければ、仏経なんど、心の及ぶほど書き供養しけり。

かかるほどに、年もかへりぬ。その冬になつて、また、その母わづらふ。とかく言ふあひだに、母が言ふやう、「誰々も、さばかりありし真浄房が、また詣で来たるぞ。そのゆゑは、『真心に、後世とぶらひ給へる嬉しさも聞こへん』と思ひ給ふ上に。暁、すでに得脱し侍り。いかんとなれば、そのしるし、見せ奉らんためなり。日ごろ、わが身の臭く穢らはしき香、かぎ給へ」とて、息をためて吹き出だしたるに、一家(いつけ)の内、臭くて、耐へ忍ぶべくもあらず。

さて、夜もすがら物語りして、暁に及びて、「ただ今ぞ。すでに不浄身をあらためて、極楽へ参り侍る」とて、また息をしたりければ、そのたびは香ばしく、家の内、香り満ちたりけり。

それを聞く人、「たとひ行徳高き人なりとも、『必ずこれに値遇せん』といふふ誓ひをば、起すまじかりけり。かれは取りはづして、悪しき道に入りたれば、あへなくかかるわざなり」とぞ言ひける。

第二第9話(21) 助重、一声念仏に依つて往生の事 承久のころ、前滝口助重といふ者ありけり。近江国蒲生の郡の人なり。

盗人に会ひて、射殺されける間に、その矢の背中に当る時、声を上げて、「南無阿弥陀仏」と、ただ一声申して死しぬ。その声、高く、隣の里に聞こえけり。

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  4. 04Part 4
  5. 05Part 5
  6. 06Part 6
  7. 07Part 7
  8. 08Part 8
  9. 09Part 9
  10. 10Part 10
  11. 11Part 11

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